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Title 滝川事件関係スクラップ
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滝川-1 退学願
滝川-2 京大のもめごと
滝川-3 声明書 京都帝国大学法学部学生一同 1933年5月26日
滝川-4 瀧川教授と其著「刑法読本」 1933年5月21日
滝川-5 〔京大事件に関する父兄への告知〕 京都帝国大学法学部経済学部文学部学生一同 1933年6月4日
滝川-6 剣もほろゝ/文部当局強腰/東上の岸書記官急ぎ帰路/瀧川教授問題愈よ紛糾/総長が具上せねば免官はできない/京大某有力教授談 1933年5月11日
滝川-7 瀧川教授の問題を繞り風雲急を告ぐ/処置不当と認め文相の反省を促す/『研究の自由を脅かすもの』/京大法学部教授会強化 1933年5月11日
滝川-8 慎重な姿勢を望む/宮本部長談 1933年5月11日
滝川-9 成行次第では閣議の問題に/瀧川教授問題につき/鳩山文相、閣僚に報告 1933年5月17日
滝川-10 京大法学部/さらに声明書発表/小西総長、口約説を否定/断固処置せよ/政友教育委員会の意見一致す 1933年5月17日
滝川-11 京大法学部で昨夜緊急教授会/岸書記官再び上京 1933年5月18日
滝川-12 宮本学部長の声明を反駁/『学問の自由』に関し文部省側の見解 1933年5月18日
滝川-13 瀧川教授問題・終局近づく/文相と総長の最後的会見/二十二、三両日中に行はれる/文部省側あくまで断然休職処分/京大側学部長会議/けふ午後開く 1933年5月19日
滝川-14 瀧川教授の処分/断固拒絶に決る/総長から教授会に報告/京大、文部省と正面衝突 1933年5月20日
滝川-15 静観中の学生起つ/禁止命令に反しけふ学生大会/自由擁護の声明 1933年5月20日
滝川-16 法学部全教授職を賭して対抗/『大学自治の原則を貫く』/瀧川教授問題の渦 1933年5月19日
滝川-17 『文相の主張妥当 絶対権がある』/京大瀧川教授問題に関して齋藤首相言明/総長の決意はますます固い/一部教授は緩和に奔走 1933年5月21日
滝川-18 危機孕む瀧川教授問題/文部当局、憤然と最後手段をとる/ついに分限委員会の俎上へ 1933年5月20日
滝川-19 教授会慎重 1933年5月20日
滝川-20 瀧川教授問題遂に決裂/休職決定と同時総辞職を申合す/京大法学部緊急教授会/総長の決意も固い/法学部を支持/経済学部も合流/けふ両学生大会 1933年5月23日
滝川-21 翻意はできぬ/小西総長決意を語る 1933年5月23日
滝川-22 渦紋は学外に/在阪の先輩らも起つ 1933年5月23日
滝川-23 遂に正面衝突へ/あす最後的の会見/文部当局と小西総長/文相の翻意を一応は進言する/最後の決意を宮本部長に伝へ小西総長今夕上京/助教授側も辞表提出/左翼学生の暗躍/学生側も協議 1933年5月24日
滝川-24 瀧川教授問題に新波瀾/学生代表ら文相へ決議文/甲子園ホテルで手交/鳩山文相談/けふ学生大会/ゆうべは法学部代表の協議 1933年5月22日
滝川-25 大学院側も合流/声明書を出す 1933年5月22日
滝川-26 唸りを放つ学界の大旋風/一大危機を孕んで遂に最尖頂へ/けふ午前十一時―文相官邸で劇的会見/決意に燃ゆる文相と総長/最後の日が来た!/法学部の全教授忽ち辞表を纏む/総辞職決行の場合は声明/戦備こゝに全く成る/禅書を静読して小西総長出発す/人目を避けて米原から/悠々たる態度/瀧川教授に対する断定が主眼!/総長らの辞表は第二段/文部省側で決定 1933年5月24日
滝川-27 京大と文相・遂に決裂す/休職上申の勧告を総長断乎として拒絶/会見一時間余で物別れ/いよいよ分限委員会へ/学部長会議でも総長支援に決す/注目される経済学部教授会 1933年5月25日
滝川-28 京大を繞る紛擾頂点へ/あす閣議で決定/瀧川教授の休職を議する分限委員会開かる/瀧川教授の学説と著書内容/配布された参考資料/総長を中に最後の大評定/部長会に引続いて 1933年5月26日
滝川-29 沸騰する京大問題!/けふ委員会開催/直に休職可決か/文部省は官制違反と認めず/急速に発令の肚/経済学部は好意的に支援/事態の推移を静観して助教授もこれに合流/京大側の措置を全幅的に支持/輿論に訴へ文相の猛省を促す/有信会大阪支部声明 1933年5月25日
滝川-30 瀧川教授の休職処分を可決/文官高等分限委員会で 1933年5月25日
滝川-31 最後の断案は下つた/嵐に立つ瀧川教授/自由の教壇を追はる/分限委員会で休職を可決/京大問題最悪の情勢へ 1933年5月26日
滝川-32 同僚諸君に感謝/既定方針へ一歩前進/瀧川教授語る 1933年5月26日
滝川-33 学城揺らぎに揺らぐ/発令と同時に法学部全員愈よ総辞職決行/まことに遺憾/小西総長談/休職処分の撤回を迫る/法学部学生申合せ/連袂辞職してもやむを得ない!/文部省は依然強硬/有信会大阪支部代表ら退京 1933年5月26日
滝川-34 瀧川教授休職問題を法の権威者かく語る/休職処分の違法と不当性/佐々木惣一氏談 1933年5月26日
滝川-35 大抗争は展開された/つひに職を賭して学の自由の擁護に/京大法学部の総辞職は敢行され/全学に異常の緊張 1933年5月27日
滝川-36 『大学の使命の遂行を阻害する』/「休職処分は全く不当」/京大法学部教授側辞職声明書 1933年5月27日
滝川-37 経済学部の全学生/遂に受講辞退を声明/自由の翼を得た教授ら出動/けふから第二段の大抗争へ/渦紋は愈よ拡大/総退学を賭して学園死守を誓ふ/宮本部長の息づまる報告/法学部学生大会 1933年5月27日
滝川-38 遂に来たその日/法学部三十九氏の辞表はかくて提出された 1933年5月27日
滝川-39 事態の重大化を極力避ける方針/文部省の応急対策/的外れな声明書の論旨/文部当局の批評 1933年5月27日
滝川-40 小西京大総長の辞表受理されず/『今後の処置は評議員会で』/文相と会見の結果/今後の処置は評議員会後に/帰洛車中小西総長語る/教授連の辞表は慰留されたい/粟屋次官、総長に希望 1933年5月29日
滝川-41 注目の焦点/けふの評議員会/法学部教授極めて強硬/東大、法経両部もいよいよ積極的活動 1933年5月29日
滝川-42 措置は妥当とし大勢は総長ひきとめ/けふ京大評議員会/『詭弁だ、詭弁だ』/教授団の声明書に対して文部省側の反駁 1933年5月28日
滝川-43 荒廃の京大学園どうなる/けふ小西総長は再び文相と会見/意向を確め辞表受否を決める/文部省の根本方策/いまの情勢では対策得られず/纏らぬ評議員会/東大七生社動く/外部からの干渉を排除し自治刷新の一線へ 1933年5月28日
滝川-44 横浜で翻身下車/自動車で東京へ/終始沈黙の小西総長/個人として情勢報告/小西総長談/決議が認められねば総退学/学生代表、東京で語る 1933年5月28日
滝川-45 東北帝大も支持/法文学部学生の声明 1933年5月28日
滝川-46 深い謎を含む総長心境の変化/昨夜の京大評議員懇談会で調停者の引出しを策す/『文相辞職のほか解決の途なし』/依然として強硬意見の京、阪有信会協議会/発言を禁じ決議文を受取る/法学部学生代表に漸く会つた文相/京大法学部の支持を声明/同志社大学法友会 1933年5月30日
滝川-47 京大の揺ぎ・どうなる/難局の収拾に小西総長は留任/けふ評議員会で声明す/法学部教授なほ強硬 1933年5月30日
滝川-48 学生代表に文相会はず/決議文も持ち帰る/調停に乗出す?/教授連盟動き始む 1933年5月30日
滝川-49 織田博士は断り調停は望み薄に/京大問題/解決はたゞ小西総長の秘策/評議員の胸は悩む 1933年5月31日
滝川-50 肚をみせずに先の肚をさぐる/京大評議員会、調停に躍起/代表が当局を訪問/経済学部は一週間の休講/「学生諸君の反省を待つ」と教授会の告示/東大緑会は静観/新たなる波紋/「策謀教授の反省を促す」とけふ連合学生大会 1933年5月31日
滝川-51 暴風帯の京大から 1933年5月27日
滝川-52 初志貫徹のためあくまで抗争/京大法、経、文学部学生合流/重ねて声明を発す 1933年6月1日
滝川-53 理学部も起つ/京大事変/学生代表会議を開き文相に声明書を送る/三学部長東上す/最後の切札 1933年6月1日
滝川-54 文相が譲らねば妥協せぬ/瀧川教授復職が先決問題/京大三学部長語る
滝川-55 京大問題の新展開/経済学部教授の心境著しく変化/文相辞職が最後の途とし学生の行動に干渉せず 1933年6月2日
滝川-56 打開策に触れず/三学部長と文相の会見/今さら引けぬ/会見後文相語る 1933年6月2日
滝川-57 京大法学部閉鎖せば学生は他の大学へ/新勅令公布の場合を考慮し/政府、草案作成に着手/『研究の自由』/枢府側の見解 1933年6月2日
滝川-58 転向を待つ京大問題/波紋、波紋を呼び農科も決然合流/けふ決議及び声明書を発表す/六学部こゝに当局と抗争/京都と東京では空気が違ふよ/本野、羽田両学部長帰る/けふ評議員会を開く?/文科大学院生も学校を支持/余地があれば調停に乗出す/大学教授連盟会長松波博士の入洛 1933年6月3日
滝川-59 有信会全国大会声明書
滝川-60 全面的抗争へ/六千の全学生を糾合し/六日京大の学生大会/学生を支持/同好会の声明 1933年6月4日
滝川-61 京大の局面転換/解決は急がないで…/けふ京大側懇談会/農学部学生大会/決議と声明/松波博士関係者歴訪 1933年6月4日
滝川-62 更に一週間休講/京大経済学部教授会で決定/母校擁護の叫び/京大有信会全国大会 1933年6月5日
滝川-63 瀧川問題の経緯を白日下に/文部当局の措置は甚しく不注意だ/ことの発端は昨年十二月/宮本法学部長から公表/文部省側は黙殺か/鳩山文相―問題ぢやない/粟屋次官―泥試合はやらぬ 1933年6月6日
滝川-64 妥協策動を排し目的貫徹まで抗争/瀧川教授の即時復帰を求む/京大最初の全学学生大会/教授の軟化運動?/しかし歩調は乱れない/開かれた緊急学部長懇談会/東北、東大の学生も壇上に/東京における京大学生代表の報告演説会/経済学部休講続く/開講は暑休明け 1933年6月7日
滝川-65 瀧川教授休職の理由を発表/文部当局遂に決意 1933年6月8日
滝川-66 絶縁や閣僚引揚など世間が承知せぬよ/文相単独辞職も出来ぬこと/西下した三土鉄相語る 1933年6月8日
滝川-67 奉天の卒業生に蹶起を促す/瀧川教授問題で学生側から電報 1933年6月6日
滝川-68 京大法学部教授総辞職に蹶然、反対を表明/新潟県在住の卒業生起つ/父兄も委員を派遣/三学部学生ら父兄に諒解書を送る/「思想的背景は全然なく軽挙妄動はせぬ」 1933年6月6日
滝川-69 瀧川教授の学説は順風美俗を破壊する/明らかに大学令に背反―と/文部省非公式に休職理由を説明/最後の折衝!/秘策を胸に秘めて総長今夜上京か/面目は考へてる/小西総長語る/大阪法曹団も文部当局糾弾 1933年6月8日
滝川-70 全学支持の下に文部省と最後折衝/小西京大総長今夜東上 1933年6月8日
滝川-71 東大「緑会」は合流要求を拒絶/高代会議委員ら京大側加担を要求/慰安雄弁大会/京大学生 1933年6月8日
滝川-72 学生の見送りを受け上京する小西総長 1933年6月9日
滝川-73 京大問題愈よ大詰へ/固き決意の小西総長/辞表を懐ろに東上/昨夜「総長万歳」の声に送られ/文相問責委員も上京す 1933年6月9日
滝川-74 瀧川元教授がマルキシズムとは意外/伊東学生部長の非公式説明を宮本法学部長反駁 1933年6月9日
滝川-75 小西総長、文部側とけふ最終折衝/「最後の上京だ、万事は胸に」/固き決意を語る/最悪の場合は閉鎖/鳩山文相、閣議で報告 1933年6月10日
滝川-76 膝つき合せて密議の七時間/解決の曙光ほのみえた?/小西総長と文部省側/休講を要請/文学部学生申合す 1933年6月10日
滝川-77 故郷へ呼び帰し方を父兄に依頼す/京大経済学部教授側から/学生も弁駁書/学生代表二名京都へ派遣/東北帝大 1933年6月10日
滝川-78 京大対文部省/この折衝、纏まる/また纏めねばならぬ/帰洛の新城前総長談/学生団に答へず/赤間局長 1933年6月11日
滝川-79 京大・運命線上に立つ/けふ重要会見で一切はきまるか/羽田部長とドアを鎖し/その前日秘策を練る総長/総長声援に迸る若き胸の決意/退学願も既に準備してけふ全学学生大会/協力を誓ふ東北代表入洛/注目される森島博士の東上 1933年6月12日
滝川-80 最後の折衝―京大問題はどうなる/文部省は態度不変/文相から会見前に慰留勧説/小西総長は応ぜぬ?/文相官邸気付で総長へ激励電/瀧川教授復職を死守されよ/全学学生大会決議 1933年6月13日
滝川-81 五時間の会見も未解決で物別れ/小西総長の第二次解決案を文部当局遂に容認せず/法学部閉鎖には飽までも反対/昨夜の全学部代表者会 1933年6月13日
滝川-82 教授団の蹶起を促す/経済学部出身者の同好会大会 1933年6月13日
滝川-83 文学部学生も休講を懇願/容れられねばボイコット/あす学生大会開催 1933年6月14日
滝川-84 文学部も休講/学生に先手を打ち廿日まで/京大の過半遂に閉づ/学内の情勢に困憊の総長/けふ愈よ第三次会見 1933年6月15日
滝川-85 京大総長と文部省の妥協つひに成立す/きのふの最後的協議で漸く解決策成る/「至極賛成…」と首相は語る/この案で総長に解決して貰ふ/鳩山文相語る/全力を尽す/小西総長語る/甚だ意外/我々は何も知らぬ/宮本法学部長語る 1933年6月15日
滝川-86 京大の空気更に硬化/瀧川教授復職問題に言及なきは不満/法学部学生中央部から声明書/学界のため慶賀に堪へぬ/瀧川教授語る/抗争をやめぬ/文学部学生決議/この案で満足を望む/新城博士談/法学部は解決案に承服せぬ形勢/教授会への提案も拒否?/取扱例とは「先例」の意/粟屋次官談/有信会全国支部実行委員会 1933年6月15日
滝川-87 小西総長と法学部/愈よ正面衝突か/けふ午後の教授会で強硬詰問?/あす緊急学生大会 1933年6月16日
滝川-88 吾人の主張無視/「解決案」の意味について/佐々木惣一教授談 1933年6月16日
滝川-89 京大問題また蹉跌/妥協案を拒否し辞表申達を求む/法学部教授らと小西総長会見/総長も辞意を決す/決裂ではない/小西総長語る/有信会の協議/解決案を検討/もう一度奮起を望む/総長と学生代表会見 1933年6月16日
滝川-90 総長と法学部の関係愈よ急迫す/翻意の勧告を飽まで拒け/挙つて辞表伝達を要請 1933年6月17日
滝川-91 小西京大総長/遂に辞表を提出/総長代理に山本博士推挙/評議員会万策尽く 1933年6月17日
滝川-92 手続を改正して廿六日ごろ決定か/注目される京大総長の選挙/学生の留任懇願に明答を避ける総長/学生の運動には温き理解 1933年6月18日
滝川-93 辞表の処理か/山本経済学部長けさ東上/飽までも妥協案を排撃/有信会が声明 1933年6月18日
滝川-94 人生のきびしさを痛感するのみ/小西京大総長の辞表提出と佐々木法学部教授の談 1933年6月18日
滝川-95 後任選挙/短期間に実現か 1933年6月17日
滝川-96 梅雨の憂鬱下・京大学園/小西総長の辞表直ちに受理せず/けさ上京の岸書記官に聴き/も一応折衝の上と文部当局の肚/却つて深刻化/けさ京大学園のどよめき/示威手段に訴へ/東大生騒ぎ出す/決議・喧噪・暴行の大渦巻 1933年6月18日
滝川-97 注視を浴びて山本博士東京へ/京大問題/「辞表」はどうなる/新城博士東上 1933年6月19日
滝川-98 京大問題・前途全く暗澹/解決案は一蹴だ/悲壮! 全学学生大会で/若人挙つて叫び続く/上京の学生代表検束騒ぎ/万策つき、何れも帰洛/拒否の理由書配布/文相へ抗議書/東北帝大決議 1933年6月17日
滝川-99 総長の辞表を非公式に預かる/山本経済学部長と会見の結果/菊沢秘書課長の手許に/総長選挙の改正案承認/経、工、文、理、医、農教授会/法学部はあす協議 1933年6月20日
滝川-100 後任総長問題は追つて考慮の上/『何等、決定も約束もせぬ』/会見後粟屋次官語る 1933年6月20日

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